「豚一頭、余すところなく使いこなす」沖縄で、豚の脂肪分を煮溶かしてラードをつくるのは、各家庭の主婦たちだった。「アンダタリーン」といって、田舎では豚をつぶした日の大仕事だったし、那覇や首里では市場からそのつど、脂肪の塊を買ってきていた。絞ったラードは「アンダチブ」とか「アンダガーミ」と呼ばれる陶器の壷に入れ、天井から吊るしておく。チャンプルー、イリチー、ソブシーなど煮炊きのたびに、この貴重な自家製ラードを使うのだ。ところで沖縄の誰もが、米のご飯を三度三度食べられるようになったのは、戦後の話である。温暖な沖縄で米は年に二度とれるといっても、干ばつや台風などにはめっぽう弱い。1605年、中国からイモが伝来したことは、飢饉に苦しむ琉球にとって大きな福音だったのだ。なにしろ食料が充実したことで、人口も著しく増加している。なお、沖縄諸島には沖縄の伝統料理が多数あるので、沖縄旅行の際には思いっきり食べてみてはどうだろうか。