大がかりなゴミ戦争

2011-10-31

今から一一年前にはもう少しし大がかりなゴミ戦争が起こりました。今度は侵略したのが千葉市、防衛に立ち上がったのが青森県田子町でした。千葉市は自分の市で処理しきれなくなった未処理のゴミを毎日100トンも遠く離れた青森県まで捨てに行ったのです。しかし、このときは千葉市民は自己の正当性を主張しませんでした。河北新報社の調査では、千葉市民の83%の人が「市のゴミを外に運ぶべきでない」と答え、87%の人が青森県田子町に自分たちのゴミを運んだことを「申し訳ない」と謝ったのです。東洋には昔から西洋思想を越えることのできる論理があります。それは「部分的には論理性に欠けるけれども、全体としてみれば論理が通っている」というものです。西洋の論理学では「AはAである。非AはAではない」ということで三段論法などもその典型的なものです。しかし、東洋の論理では「非AはAである」ということも許します。つまり個別の論理性と全体の論理性は全く逆になることがあり、個別の論理性を追求していては全体の論理が破綻するときには、全体の論理に従うのが東洋流です。事実私たちの人生、身の回りを見ると一つの論理では説明できないことばかりです。